旅してトボトボ

monpeiが過ぎ去っていく日々をなんとかとどめるための録

どうも、犬の奴隷です。

お久しぶりです〜

……あ〜・・・・・、卒業したぞ!!



今は犬と一緒に一日中留守番してます(笑)

家電をそろえたり、新聞に目を通したり、


留守番も楽じゃないぜw

小倉の感覚?を思い出しながら生活しています。






高知のみなさん、ホントにお世話になりました。

高知にはいろんな忘れ物が(言葉になる物もならない物も)あります。そのうち取りに行きます。

心当たりのある人(複数)は準備しといて(^^;)


福岡のみなさん、これからよろしくお願いします。

もうすでに御世話になっている人もいますが、これからいろいろかまってやってください。


この1ヶ月いろいろありました。・・・世間でも。自分の身にも。。

面倒なので、いちいち書きません(^^;;)

こまめな更新ってホント大事だよね。

あ、世間のほうに関しては、本当に純粋に「何かしたい」と思います。ちゃんと具体化していければと、考え中です。




今日は引越し中に感じたことをひとつだけ書きます。

僕は高知では朝倉神社の隣に住んでいたのですが、

引越しのときにせっかくなので、神社に挨拶に行ってきました。毎日参道を横切ってたので。

神社のなかに入ると、なんていうか、合理的な考え方がふっとぶ。

「なぜお参りするのか」とか考えない。ただ、感覚。感傷にひたる。

不思議な感じだ。僕は全く「霊的な何か」なんて感じたりしない。

し、はっきり言って「信じていない」に近い。

「近い」と言ったのは「信じていない」こともあんまり信じていないからw

とにかく、そういう「何か」を感じてとかじゃなくて、ただ感覚の世界に浸ってるだけだ。

その時間がすごくリラックスできた。

引越しのあわただしさの中で「あれしなきゃこれしなきゃ」と次から次へ合理的に考えて動いていたのに、突如非合理的な神社に入った。

別にうちは神道じゃないけど手をたたいてお参りをした。っていうかさせられた。

なんか、「別にこだわりがないならとりあえず拝んどけよ」っていうプレッシャーが神社にはあるw

神社からでると、結構すっきりした。心の整理がついたって感じ。

そもそもそういうためにあるんだろな。

そういえば、家事には逆のリラックスがある。こちらは超合理的なんだけど、何も感じずに、ただ「組み立てる」だけである。

あれしてこれして次はこれして・・・。

慣れたところでする洗濯や炊事は、本当にただ組み立てるだけだ。

飯食うのに、洗濯するのに、片付けるのに、いちいち嬉しいとか苦しいとか悲しいとか楽しいとか考えてられない。やるしかない。

この二つの共通点はなんだろう?


……「やるしかない」ってことかなぁ

迷いがないとか?あとは・・・慣れ?

家事は慣れるしかないし、とりあえず神社にきたら拝むぐらいの習慣はある。

このへんの考えはもう少しまとめたいなぁ。

実家は住宅地で近くに神社がありません(たぶん)。知らないだけかも。

小倉のことはこれから知っていきたいです。



あ〜、明日の朝ちゃんと起きて餌をやらなきゃ。日々犬に使われております。

犬に使われるのは初めてですが、なかなかおもしろいです。気が向けば犬のことも報告します。



では。

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