旅してトボトボ

monpeiが過ぎ去っていく日々をなんとかとどめるための録

院生とは?

大学院生というのは微妙な社会的地位にある。そのためか、人によってさまざまな対応をうける。

1000円札が自販機に吸い込まれ、コーヒーはでてこない。生協で働いている同じような年の人に苦情をいうと、いきなりため口で「え〜、マジで?しょうがねえなあ」。背が高く、スーツ姿である。こちらは三寮ジャージに破れたジーパン。ひとめで学生とわかる。

うちのゼミでは年齢の区別なく、敬語を使わないことが慣例となっているので、ため口なことに対しては特に不満はない。けれど、この人はきっと相手の見た目がより年配だったり、社会人のような恰好をしていれば、対応は変わるのだろうと瞬時にわかる。

学生というのは、社会経験のない大人として、よく上から目線で働いている社会人から扱われるのだ。

大学院生というのはさらに微妙である。普通に就職した若手社員と年もたいして変わらないので、大学院生だとわかると、大学事務も態度がかわったりする。
そして、ああこんなふうになりたくないなあ、と思う。

学内での院生の立場も微妙である。院生は研究者としてその道のエキスパートでありながら、やはり教わる立場としての学生でもある。しかし、教育をうけるというよりは、自ら学ぶというのがやはり院生の主な立場だと思う。このことを理解していない社会人の事務の方々は多い。そして、教育もしなくてよく、かつ学費を払ってくれ、文句をいうほどの組織力も数もない院生への対応はおざなりになっていく。

いったい大学が院生に何をしてくれたのだろうか。そして僕は何のために学費を払わなければならないのだろうか。院生の仕事とは調査し、論文を書くことである。そのために必要なのは夜遅くまで使える快適な部屋と、ネット環境、本棚だけである。たったそれだけの環境すら与えられなくて、どうやって研究するのだろう?それが贅沢だとでもいうのだろうか?別に高価な機械を買ってくれといっているわけではない。
講義をうけて単位をとるのは学部生までである。学部生と院生の違いを未だにうちの事務はわかっていないようだ。

久しぶりに書こうと思ったのはそんな愚痴ばかりだ。やはり人間のエネルギーというのは怒りからくるらしい。

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