旅してトボトボ

monpeiが過ぎ去っていく日々をなんとかとどめるための録

本は読みたいけど睡眠もとりたい。

真実は矛盾している。
そしてその矛盾こそが世界を動かしていく。

最近、宗教学者山折哲雄がよくテレビにでてくる。

恥ずかしながら、最近知った人物なのだけど、どうやら僕が興味を持つテレビ番組にはよく登場する。

なので、最近よくでてくるというよりは、僕がよく見ているだけかもしれない。

まぁ、災害などが起こるとTVからお声がかかると本人は言っていたけどね。

んで、山折さんが必ず「三者火宅の物語」をし、それと宮沢賢治

「世界全体が幸福にならないうちは個人の幸福はありえない」

という言葉を引っ張ってくるのだ。

そして福島原発の作業員がヒーロー扱いされることを批判する。

誰かが犠牲になって(ヒーローになって)他の人が救われるなんてことは「ありえない」というのである。

山折さんのほうは「あってはならない」というニュアンスに近いと思うけど。

もしこの賢治の言葉が真実だとしたら、真実は矛盾している。

どんなに悪いことや悲劇に目をつぶっても、全員救済というのはあまり現実的なように見えない。
個人個人の価値観が衝突し、利害がぶつかることもあるからだ。

「だから、この言葉自体が間違っている。」

と言ってしまったら、それは正義論が陥りやすい間違いを犯してしまっている。

真実は矛盾しているのだ。

誰かが犠牲に、ヒーローになって他のみんなが救われるのならもうとっくの昔にみんな救済されているかもしれない。

特攻隊員や、広島長崎の人や、沖縄の人、アジアの人・・・戦争でそれらの人を犠牲にして、僕たちは本当に幸福になったのだろうか。

お金のない地域に原発をおくことで僕たちは幸福になったのだろうか。

誰かを犠牲にして他が幸福になるという考えを僕たちはどうやら捨てなければいけないようだ。

現実はそんなに予定調和的ではない。

僕たちには、全員救済のために頭を悩ませなければいけない時がきている。

しかし、現実世界を切り取ってみてみると「あれか、これか」を迫られることが必ずある。

真実は矛盾している。

簡単なことじゃないみたいだ。

だけど、現実は固定的ではなく常に移り変わっていくという「無常」が一筋の光かもしれない。



これが、山折さんがしゃべってることの僕なりの解釈です。


あ〜…、それにしても眠たい……。

広告を非表示にする